子どもの『赤ちょうちん』

皆さんは、「学童クラブ」というものにどういうイメージを持っていらっしゃるでしょうか?

よく「学童クラブ」は「親が日中いない子どものための、『家庭の代わり』」などといわれます。
家庭のような生活の場であること。家庭のようにくつろげる場所であること。
確かに学校でたまったストレスから解放され、精神的にくつろげる場は必要です。
すると指導員は「親」の代わり?
学童に通う子どもたちはお互い「きょうだい」ということになるのでしょうか?
…ちょっと違和感を感じませんか。

「風の子クラブ」では、「学童クラブは子どもの『赤ちょうちん』」という発想を持っています。

子どもはいろんな顔を持っていて、学校ではいい子、家庭でもいい子だけど、学童クラブでは
「手がつけられないいたずらっ子」ということはよくあります。
「風の子クラブ」が「子どもの『赤ちょうちん』の場でありたい」と考えるのは、家庭では良き父親、
職場ではそこそこの戦力、という人物が赤ちょうちんではくだをまいたり 愚痴ったりしているように、
今の子どもたちには学校でも家庭でも 出せないストレスを発散するための、
「放課後」という貴重な時間を過ごす場であってほしい
と思っているからです。

家ではいい子というのはたくさんいます。親の苦労を知っているから
これ以上親に負担をかけさせないように頑張っているんです。
そういう子が学童ではブイブイ肩で風切って歩いているってこともよくあるんです。

学校が終わった後、子どもたちが毎日この赤ちょうちんの縄のれんをくぐってやってくる。

店の中では、例えばグループでどんちゃん騒ぎするのもよし、
一人カウンターで本やマンガを読むもよし。
常連の飲み仲間同士語り合うもよし。カウンターの中の女将に、愚痴を吐き出すもよし。

また、子どもたちが『赤ちょうちん』の『客』なら、指導員は『女将さん』といったところでしょうか。
客がカウンターで吐く愚痴を受け止め、時には優しく、
酔っ払ってはめを外しすぎたルール違反の客には毅然とした対応をする、と
このように常に店の隅々まで気を配って、客のひとりひとりに心を砕く必要があります。
まさに女将さんの手腕が問われるところではないでしょうか。

この『女将』と『客』の関係は、常に固定の面子(常連客)でありその人数が適当なもの
であることで成り立っているといえます。最近では定員オーバーの学童クラブも多くあります。
待機児を減らすことはそれはそれで必要なことですが、詰め込まれた子どもたちが
果たして心からくつろぐことができるのか、疑問が残ります。

この「学童『赤ちょうちん』」説、「学童保育は家庭の代用」とかそういった言葉より
しっくりくるような気がしませんか?

※余談ですが、川崎・横浜・大阪・名古屋など大都市で導入されている・されようとしている「全児童対策事業」をご存知でしょうか?学童クラブが「赤ちょうちん」なら、全児童対策事業はあらかた「ファミレス」といったところでしょうか。広いレストランの中、客はあくまでグループ同士で固まり、交わることもない。喧騒の中、あくまで作業を事務的にこなすウェイトレスやウェイター。お腹はいっぱいになるけれど...ってところでしょうか

今の子どもたちは学校でも家でも「こうあるべき」という姿に
自分をはめ込まなければいけないような強迫観念にさらされているように感じます。
風の子クラブはそういう「ねばならない」ということから開放される場でありたい
思っています。「○○でもいい」という無責任さが許容される場とでもいいましょうか、
そう言う意味で「赤ちょうちん」なんだと思います。
企業戦士でも良き夫、良き父でもなく、ただの酔った「おやじ」に戻れるところという感じでしょうか。
風の子クラブでは、子どもたちがここでは「ただの子ども」にかえれるようにと思います。
「無邪気」という本来の姿を安心してさらけ出せる場。そういう「場」でありたいと思います。

そして指導員は、ある意味ではそういう「リラクゼーション」を引き出してい く
「指導力」が求められているのです。「女将さん」のさりげない心配りで店の雰囲気が
がらりと変わるように、それを一定の秩序に基づいて発揮させることが
指導員に求められる専門性でもあるんですよね。

▲ページトップへ